【書籍紹介】『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』・『アートは資本主義の行方を予言する』

ゾゾタウン前澤氏がバスキアを63億123億で買ったという事実が、ちょっとしたニュースになっていますが、「アート」という言葉に対して自信を持って定義やら確固たる持論やらを語れる人が、この日本ではだいぶん少数派だなと個人的に思ってしまっている昨今。わたしの実体験ベースで読んでおいたら、「アート」と「ビジネス」の関係性への捉え方の解像度がずいぶんあがった!、と思われた本を2つ今回はご紹介します。

 

世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
(2017年・山口周)

 

発売当初から本屋では平積みされ、アマゾンのコメント欄でもベタ褒めのコメントが並んでいる通り、この本に出会えておいて良かった!と思うことができる、かなりの良書です。

本が出てからもうすぐ1年になりますが、まさに「時代の主役が変わるタイミング」、「論理と経済性」から「感性・美・倫理規範」にパラダイムが移りつつある端境期がいまのいまに来ていること、が文中では明快に語られています。
(同様の洞察は前エントリでの水野学さんの2014年の著書内でも述べられています
⇒「企業の美意識やセンスが企業価値になる。これが今の時代の特徴です」)

なおかつ、各論点の合間では筆者の主張を絶妙に補うセリフ・名言がこれまた非常に “センス良く” 引用されていて、書き手の山口さんの編集力の高さに感服したことをよく覚えています。

本ブログに、引用&アーカイブさせて貰いたい箇所は本当にたくさんあって悩ましかったのですが、厳選してあえて3ヶ所を選び出すとしたら、次の部分が最も示唆に富んでいたように思います。


・「直感」はいいが「非論理的」はダメ
結果的に大きな業績の向上につながった「優れた意思決定」の多くが、直感や感性によって主導されていたという事実によって私が伝えようとしているのは、決して「論理や理性をないがしろにしていい」ということではなく、「論理や理性を最大限に用いても、はっきりしない問題については、意思決定のモードを使い分ける必要がある」ということです。

/中略/  過去の経営史を紐解いてみれば、優れた意思決定の多くは、論理的に説明できないことが多い。つまり、これは「非論理的」なのではなく、「超論理的」だということです。一方で、過去の失敗事例を紐解いてみると、その多くは論理的に説明できることが多い。

つまり「論理を踏み外した先に、いくら直感や感性を駆動しても、勝利はない」ということです。/中略/ 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」(松浦静山/中略/  経営の意思決定においては「論理」も「直感」も、高い次元で活用すべきモードであり、両者のうちの一方が、片方に対して劣後するという考え方は危険だという認識の上で、現在の企業運営は、その軸足が「論理」に偏りすぎているというのが、筆者の問題提起だと考えてもらえればと思います。

・ミンツバーグによるMBA教育批判
ミンツバーグによれば、経営というものは「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の混ざり合ったものになります。「アート」は、組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークスホールダーをワクワクさせるようなビジョンを生み出します。「サイエンス」は、体系的な分析や評価を通じて、「アート」が生み出した予想やビジョンに、現実的な裏付けを与えます。そして「クラフト」は、地に足のついた経験や知識を元に、「アート」が生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していきます。

・経営者はなぜデザイナーに相談するのか?
経営者に外部からアドバイスする仕事と聞けば、一般的には経営コンサルタントをまず想起する人が多いと思います。しかし今日、多くの企業経営者は、コンサルタントではなく、デザイナーやクリエイターを相談相手に起用しています。デザインと経営というと、その接点はロゴマークやプロダクトデザインといった領域にしかないように思われるかもしれません。しかし、私は「デザイン」と「経営」には、本質的な共通点があると思っています。/中略/ 一言で言えば「エッセンスをすくいとって、後は切り捨てる」ということです。そのエッセンスを視覚的に表現すればデザインになり、そのエッセンスを文章で表現すればコピーになり、そのエッセンスを経営の文脈で表現すればビジョンや戦略ということになります。結果として出来上がる成果物の呼称は異なりますが、知的生産の過程で用いる思考の仕方はとてもよく似ているんですね。デザイナーやクリエイターは、自分がデザインやコピーで表現するエッセンスを磨き上げていくのと同じ思考プロセスを用いながら、経営者と対話し、その企業における戦略やビジョンを磨きあげているわけです。


 <ほか面白くておすすめしたい項>

・全てのビジネスはファッションビジネス化する
・デザイン思考
・デザインとテクノロジーはコピーできる
・エリートを犯罪から守るための「美意識」
・世界のエリートは「どうやって」美意識を鍛えているのか?
・哲学を鍛えられていた欧州エリート
・哲学に親しむ
・知的反逆

 ※掲出順番は内容で寄せて適宜入れ替えています
 


じつは、当ブログのタイトルにも入っている「ART & SCIENCE」という言葉のルーツとして、この本から大なり小なりのインスピレーションを頂いています。もちろん世の中には著名スタイリストのソニア・パークさんが手掛けているブランドショップとしての「ART & SCIENCE」が既にあることも知っていましたし、その他にも「領域横断的」に、そして「メタ的」に、アートとサイエンスの両軸の重要性を説く意見を見聞きする頻度がいつのまにか増えて来ているような気がして、この言葉ならば時代の機微に触れるような言葉としていちばん相応しそうだ、と思ったのです。

はてさて、この御本は本当に完成度・練度ともに高い一冊だと思いますし、AIとかブロックチェーンとか流行のハイテックなテクノロジーワードに飛びつく前に、ぜひ広く多くの人に読まれた方が良い書物だなーと思います。

むしろクリエイティブ畑や制作関係じゃない人こそ、教養として修めておいて損が無いのでは無いんじゃないかと思います。

その理由は本書の中で再三、語られていますが、
いまや時代は アートとサイエンス で ビジネスが回っていく時代 になって来ているのですから!

 

さて、ここからはおまけのコーナーです。

実は数年前に漫画「へうげもの」を読み始めてから茶道への興味が深くスイッチオンされ、連休期間には過去の NHK大河ドラマ の一気観をする日々の趣味とも相まって、すっかり歴史好きにな私としては、下記の引用内容でテンションが上がってしまって、「山口さん分かっていらっしゃるっ!!」と個人的に躍起しましたので、これまたリスペクトを込めて千利休について言及されていたパートも、ここに引用させて頂きます。


【おまけ①】

千利休は最初のチーフクリエイティブオフィサー
私は、千利休を、世界最初のクリエイティブディレクターだと考えています。というのも、千利休という人は、歴史上ではじめての「ディレクションはするけど、クラフトはしない人」だったからです。洋の東西を問わず、美的なものを生み出した人物のほとんどは、彼ら自身が創作者であり、制作者でした。例えばミケランジェロピカソは言うまでもなく、芸術家というよりもプロデューサーであったと言われる慶派の運慶や快慶も、彫刻家として高い技能を持った上で、多くの職人を束ねていました。ところが千利休という人はそうではない。今日、利休が制作に関わったとされる物品は数多く残っていますが、そのうち、利休が手ずから制作したものは、茶杓や花入くらいしかありません。茶室や庭はもちろんのこと、茶道具である風炉と釜、水差や炭斗、棗や茶入れ、そして茶碗などについては、利休は職人に、コンセプトを伝えて制作してもらう立場、つまりクリエイティブディレクターの立場に徹しています。

/中略/ 利休は、言ってみればCEOに該当する織田信長豊臣秀吉に対して、彼らが支配する社会の美的側面についての領域を担う担当者、いわばチーフクリエイティブオフィサーの役割を担ったと言えます。信長や秀吉は、自らの権力のもとに利休を保護することで、利休の才能を自らが支配する社会の文化に反映させ、影響力を高めようとしました。

/中略/ 利休のすごいところは「侘び」という極めて抽象度の高い美的感覚を、一般には芸術メディアとは考えられていなかった茶室や茶碗などの具体的な道具に落とし込んでいったことです。/中略/ 侘び茶という美意識をコンセプトの中心において、そこからブレることなく、建築や茶道具のみならず、書画や、果ては植物や庭などにも拡げながら、これらをプロデュースしている。凡百なアーティストがこんなことをすれば、無残な結果は目に見えているわけですが、利休の場合むしろ、その範囲を拡げれば拡げるほど、世界観やコンセプトの芯が明確に浮かび上がってくる。正統なアーティストとしての訓練を受けていない人がこんなことをやってのけているわけで、これはちょっと世界的にも類例がないように思います。こういった才能を持った人物を、信長や秀吉は、いわばスポンサーとしと支え、もう一方ではクラフトを担う職人が支えました。

 


なんて素晴らしい解説・洞察でしょうか。

マルセル・デュシャンが、世界のアート史を モダン(近代) から コンテンポラリー(現代) に切り替える転換点を作ったと言われていますが、千利休もまた日本美術史の中の大きな転換点を作った男だったことは、ぜひ歴史の教科書で広く日本人である全ての人にきちっと周知・解説するべき!と私は勝手に常々思っています。(書き進めると長くなるのでこのへんで止めておきます)

そして、おまけその②です。

良書に出会うと、なぜ良い本だったかを読後にじんわり考えてみるようにしています。(それこそ新しいiPhoneが出たらすぐに分解してリバースエンジニアリングするまとめサイトような気持ちです!)

この本は、読むのに夢中にさせるテンポの良さとネタの豊富さ、視点・視座の独創性、選択されている言葉の切れ味、、、等々、褒めちぎるのはたやすいのですが、一つはっと気付いた点としては「引用により登場した人物がとても多かった」ということだと思います。

なので、実際にページを捲り直してすべての人物名をリストアップしてみました!なかなかに骨の折れる作業となりましたが、以下がその結果です。

 【おまけ②】
本書内で引用されていた人物一覧
(*は本人の言葉が強調フォントで引用されている人物)

・ロバート・ウィリアム・フォーゲル(ノーベル経済学賞受賞者、アメリカの経済学者)
・エイブラハム・マズローアメリカの心理学者)
ジャン・ボードリヤール(フランス思想家)
・ピーター・ドラッガーユダヤオーストリア経営学者、「マネジメント」 の発明者)
エドワーズ・デミング(アメリカの統計学者)
イマヌエル・カント(旧プロイセン王国の哲学者)
ヨーゼフ・ボイス(ドイツの現代美術家、アーティスト)
・井深 勝(SONY創業経営者)
・盛田 昭夫(SONY創業経営者)
スティーブ・ジョブスApple創業経営者)
・松浦 静山(江戸時代の武芸家)
・野村 克也(プロ野球監督)
・ピーター・センゲ(MIT教授、組織論の権威)
*アンリ・ポアンカレ(フランスの数学者)
・トマス・ホッブス(『リヴァイアサン』著者、旧イングランドの哲学者)
ジョージ・ストーク・ジュニア(80年代米国BCGパートナー)
・ヘンリー・ミンツバーグ(アメリカの経営学者)
イチロー(メジャーリーガー、プロ野球選手)
・長嶋 茂雄(プロ野球選手)
・小保方 晴子(元STAP細胞研究者)
・佐野 陽光(クックパッド創業者)
・穐田 誉輝(クックパッドを事業成長させた経営者)
ジョン・スカリー(元Apple CEO、スティーブ・ジョブズ氏を解雇した人物)
エリック・シュミット(元Google CEO)
ウォルト・ディズニー(ディズニー創業者、クリエイティブ担当)
・ロイ・ディズニー(ディズニー創業者、財政担当、元銀行員)
・孫 正義(ソフトバンク創業者)
・北尾 吉孝(SBI証券創業者、元野村証券
ウォルター・アイザックソン(『スティーブ・ジョブス』著者、アメリカの伝記作家)
ウィンストン・チャーチル(イギリスの政治家、軍人、作家)
アドルフ・ヒトラー国家社会主義ドイツ労働者党・ナチスの指導者、独裁者の典型)
千利休(戦国〜安土桃山時代の商人・茶人、 わび茶の完成者、茶聖)
織田信長(戦国〜安土桃山時代の武将、三英傑の一人目、第六天魔王
豊臣秀吉(戦国〜安土桃山時代の武将、三英傑のニ人目、天下人、武家関白、太閤)
ミケランジェロ(イタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人)
ピカソ(スペイン人の画家、素描家、彫刻家、キュビスム創始者
・柳井 正(ファーストリテイリング代表取締役社長)
・ジョン・ジェイ(クリエイティブディレクター)
・佐藤 可士和(クリエイティブディレクター)
・深澤 直人(プロダクトデザイナー
・金井 政明(良品計画会長)
・大貫 卓也(クリエイティブディレクター)
・冨山 和彦(JAL経営共創基盤CEO)
・エイドリアン・デ・グルード(チェス研究者)
*羽生 善治(日本の将棋棋士、十九世名人、永世七冠)
マイケル・ポーター(ハーバードビジネススクール教授、戦略論の大家)
・クリストファー・ボナノス(『ポラロイド伝説』著者)
・小沢 治三郎(旧日本海軍軍令部次長)
・三上 作夫(旧日本海軍連合艦隊作戦参謀)
・伊藤 整一(旧日本海軍第二艦隊指令長官)
ベルナール・アルノー(LVMH創業者)
・マービン・バウアー(マッキンゼー中興の祖)
・名和 浩二(『成長企業の法則』著者、一橋大学教授、元マッキンゼー・ディレクター)
・ロナルド・フィッシャー(イギリスの統計学者)
・トーマス・ベイズ(イギリスの統計学者、牧師)
・チャールズ・リンドバーグアメリカの飛行家、大西洋単独無着陸飛行達成者)
・アン・モロー・リンドバーグアメリカの飛行家、文筆家)
ポール・クローデル(大正時代末期の駐日フランス大使)
・アーネスト・フェノロサアメリカの東洋美術史家、明治時代に来日したお雇い外国人)
ドナルド・キーンアメリカの日本文学者、文芸評論家)
*濱口 秀司(『「デザイン思考」を超えるデザイン思考』著者、米国Zibaエグゼクティブフェロー)
アラン・ケイ(「パーソナル・コンピューター」概念提唱者)
・堀江 貴文(旧ライブドア代表取締役
・ロバート・ウッド・ジョンソンJr(米ジョンソン・エンド・ジョンソン社長)
*中西 輝政(『本質を見抜く「考え方」』著者、日本の歴史学者
*デイヴィッド・マクレ・ランド(米コーン・フェリー・ヘイグループ創業者)
・ジェフリー・スキリング(米エンロンCEO)
・ケネス・レイ(エンロン創業者)
・クレイトン・クリステンセン(『イノベーションのジレンマ』著者、ハーバード大学教授)
*シロツグ(映画『王立宇宙軍 ネオアミスの翼』登場人物)
ルース・ベネディクト(『菊と刀』著者、文化人類学者)
ミシェル・フーコー(思想家)
*村上 龍(『悲しき熱帯』著者、小説家)
*アントニオ・ダマシオ(『デカルトの誤り』著者、脳神経学者)
・ジョン・カバット・ジン(MIT医学大学院教授)
・石津 智大(ロンドン大学神経生物学研究所 研究員)
・宮内 勝典(『善悪の彼岸へ』著者、小説家)
シュテファン・ツヴァイク(『ジョゼフ・フーシェ』著者)
・麻原 彰晃(オウム真理教教祖)
*村上 陽一郎(科学哲学者)
・アドルフ・アイヒマンナチス将校、アウシュヴィッツ強制収容所の元所長)
ハンナ・アーレント(哲学者)
*エーリッヒ・フロム(『反抗と自由』著者、思想家)
*原 研哉(『デザインのデザイン』著者、デザイナー)
*前田 育男(「魂動」コンセプト提唱者、マツダ常務執行役員、カーデザイナー)
・オレノ・ド・バルザック(『ゴリオ爺さん』著者)
アルバート・アインシュタイン理論物理学者、相対性理論提唱者)
・リチャード・ファインマンアメリカの物理学者)
・ルドヴィゴ・チーゴリ(イタリアの画家、詩人、建築家)
ガリレオ・ガリレイ(タリアの物理学者、天文学者、哲学者)
・アレクサンダー・フレミングペニシリンの発見者、イギリスの細菌学者)
・ナシム・ニコラス・タレブ(『ブラック・スワン』著者、科学者、元トレーダー)
・サリー・シェイウィッツ(エール大学神経科学者)

・リチャード・ブランソン(イギリスの実業家、Virginグループ創業者)
スティーブン・スピルバーグアメリカの映画監督)
*小林 秀雄(『美を求める心』著者、評論家)
ソクラテス古代ギリシアの哲学者)
アナクシマンドロス古代ギリシアの哲学者)
オスカー・ワイルドアイルランド出身の詩人、作家、劇作家)
ドストエフスキー(『罪と罰』著者、ロシアの文豪)
プラトン古代ギリシアの哲学者、ソクラテスの弟子にしてアリストテレスの師)
パイドロス古代ギリシアの哲学者、ソクラテスの弟子)
・谷川 俊太郎(詩人)
・ティム・クック(Apple CEO)
マーティン・ルーサー・キング(アフリカ系アメリカ人公民権運動指導者、ノーベル平和賞受賞
カルロス・ゴーンルノー取締役会長兼CEO、日産自動車会長、三菱自動車会長)
ジョージ・レイコフ(『レトリックと人生』著者、カリフォルニア大学 言語学者)
*ダニエル・ピンク(『ハイコンセプト』著者、アメリカの作家)
マックス・ウェーバー(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』著者、政治学者)
・フェルナン・ブローデル(地中海史学者)
(・ほか古代〜近代の哲学者も多数…)

ずららららーーと並んでいまして、なんと開けてビックリ、107名 の過去から現在までの偉人たちの引用で、著者である山口さんの主張をサポートするように構築されていたのです。

まさにこれこそ脱帽の 編集力 の賜物であり、この新書一冊のため、あるいは過去の蓄積を通じて、掛けられたリサーチ量と積み上げた参考資料のボリュームを想像しないではいられません。(過去に必読のビジネス書として有名になったものもたくさん出てきています)

この本からは本当にたくさんの知識と新しい視点を吸収させていただきました。

著者の山口さん、こんな良書を書いてくださって、本当ありがとうございます!とご本人に御礼申し上げたい気持ちで一杯です。


===

片や、あいまみえるのは、日本屈指の画廊「東京画廊」のオーナーである山本豊津さんが、戦後以降の日本での絵画論とアートマーケティング論について書かれた一冊です。

 

アートは資本主義の行方を予言する
(2015年・山本豊津)

アートは資本主義の行方を予言する (PHP新書)

アートは資本主義の行方を予言する (PHP新書)

 

 

6章構成の全218ページですが、「第1章 資本主義の行方と現代アート」と「第6章 武器としての「文化」ーー美の本当の力とは?」に特に読み応えのある論理展開や主張があり、アート領域の予備知識がさほどなくても、面白く読み進めることができます。

そして私がアーカイブしたいと最も思った3箇所が次の通り。

・絵画は究極の資産であり投資の対象に
 絵画の史上最高額はどれくらいだと思いますか?現時点(2015年7月)で最高額はゴーギャンの『ナフェア・ファア・イポイポ(いつ結婚するの)』で約355億円。次いで、ポール・セザンヌの『カード遊びをする人々』が約325億円と言われています。/中略/ せいぜい一メートル四方程度の小さな絵画に、これだけの値がつく。一般的な感覚からはちょっと想像できない世界だと思います。/中略/ 制作原価はキャンバス代と絵の具代だけなら高くても数万円程度でしょう。かりに2万円だとして350億円になったとすると、じつに175万倍になったということになります。/中略/ 価値の伸びシロが一番大きいゆえに、お金持ちが投資する究極の対象は絵画だといわれています。ただし、価値が上がるまでには時間がかかります。資産となるまでの時間に、価値のカラクリがあるのです。 お金持ちが絵画を資産として持つ理由は他にもあります。絵画ほどかさ張らず、軽く、持ち運びに便利な資産は他にはないのです。たとえば350億円をお札にしたらどれくらいの量になるでしょう。一万円札だと1億円で10キロですから、350億円なら3.5トン。金塊はグラム5000円として計算すると1億円で20キロなので、350億円だとじつに7トン。とても持ち運べるものではありません。戦争や災害など不測の事態があった時、絵画なら350億円のものでも抱えてすぐに飛び出せます。同じ美術品でも彫刻などは重くて持てないし、古美術品の壷や皿などは壊れてしまう危険もありますが、絵画ならその心配はありません。 さらに絵画はステータスの証明にもなります。数億円の現金や金塊を家の中に並べていたら嫌味で野暮ったい人物にしか見えません。でも、同じ金額の絵を飾っていたら印象はまったく違います。現金を見せびらかすような人物よりはるかに文化度の高い、教養のある人物だと思われるでしょう。

・国力の象徴としての文化と芸術
中でもエポックメイキングだった出来事は、1964年、ラウシェンバーグがヴィネツィア・ビエンナーレで最優秀賞を受賞したことです。これによって芸術の分野でも米国は世界の先頭に立ち、芸術の中心はパリからニューヨークへと移ったのです。私の最初の海外渡航は1971年でしたが、アメリカからヨーロッパへ渡り、現代アートが展示される美術館で、大量のアメリカンポップアートを目撃しました。 芸術の覇権を握ることは米国の悲願であったといってもいいでしょう。新大陸に国家を築き、二つの対戦を通して世界一の経済大国と軍事国家にのし上がった米国ですが、新しい国家であるだけに文化の蓄積はありませんでした。とくに芸術に関してはヨーロッパの歴史には敵わなかった。どんなに腕力や体力があっても、どんなにお金があっても、それだけで人間は尊敬されることはありません。やはり教養や文化があり立派な人格があってこそ尊敬されるものです。国家や民族も一緒です。どんなに軍事力や経済力、政治力があったとしても、それだけでは他国から尊敬されない。独自の文化や芸術があり、それが他国からも認められて初めて、国家としての存在や誇りを感じることができる。/中略/ このような動きは米国だけのものではありません。今や日本を抜いて世界第二位の経済大国となった中国も、国家をあげて美術の勃興に力を入れています。その一つの表れが、美術品の売上だかでしょう。欧州美術財団(TEFAF)の統計によれば、世界における美術品の総売上高は2013年度で約6兆7000億円。そのうち38%が米国で国別第一位、次ぐ第二位が中国で24%となっています。/中略/ 文化や芸術において価値を作り出し、世界にそれを認識させ定着させることは、国家としての価値を高め、政治活動においても経済活動においても大きなメリットをもたらします。だからこそ各国ともに政治と経済の競争と確執の裏で、文化と芸術の覇権争いも抜かりなく行っているというのが現実なのです。

・「脱欧米」こそ「もの派」の悲願
私は「作品は『素材』と『技術』と『コンセプト』の三つからなる」と考えます。学生には「アーティストに作品の話を聞くなら、素材は何か、どんな技術でつくったのか、そしてどういう意図で何を表現したくて描いているかを聞きなさい。その3つがわかれば作品の内容がわかるよ」と話します。

 

<ほか面白くておすすめしたい項>

・お金と絵画の意外な共通点とは

・価値の転換と飛躍こそが芸術の本質

・天才千利休の壮大な価値転換

・資本主義の終焉とアートの可能性

・曾梵志(ザン ファンジ)の「最後の晩餐」が村上隆を抜いた

・美術をめぐる国家戦略

村上隆スーパーフラットの意義とは

会田誠と新ジャポニズム

・近代で断絶している日本の文化

・時間とともに変化し消えていく東洋の芸術

・線には三つの種類がある

・美しかった江戸時代へもう一度還ってみる

・美は「距離感から生まれる」

・アートの力が新しい時代の価値を生み出す

 ※一部順不同

 

 

「アートとサイエンスの関係」、「バスキア」という方面について興味が湧いた人は、ぜひこちらをご覧下さい。TEAMLab猪子さんホリエモンさんが対談していて、とても面白いです。(私の知見と文章力では、この対談を超える文章を書けそうにありませんので、ぜひありのままの原文をお読みください!)

 

それでは、本日はこの辺で。